元大関朝潮の錦島親方の退職理由は?!朝乃山のせい?真実に驚き!

元大関朝潮の錦島親方の退職理由は?!朝乃山のせい?真実に驚き! スポーツ・運動
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元大関朝潮こと錦島親方の退職理由が話題になっています。

大関朝乃山関が新型コロナウイルス対策指針に違反したいわゆるキャバクラ通い問題へ
処分が下される臨時理事会が6月11日に開かれます。

それを前に朝乃山の前師匠の錦島親方が相撲協会を退職したというのが多くの見方
になっていますが、調べたところ退職理由として驚くべき理由も浮上してきました。

ここでは、そんな錦島親方の退職理由について詳しく紹介していきます。

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元大関朝潮の錦島親方の退職理由

錦島親方の退職理由は、朝乃山のキャバクラ通い問題なのか?それとも違った理由があるのか?

この画像を見ると二人で仲良くごめんなさいしているようにも見えますが、冗談はさておきまして可能性の高い2つの退職理由について紹介していきます。

錦島親方の退職は朝乃山のキャバクラ通い問題が理由?

朝乃山がいま所属している高砂部屋の親方は8代高砂(元関脇・朝赤龍)です。

もし師匠が責任をとるなら8代高砂親方が責任をとるのがのが筋ではないでしょうか。

朝乃山が相撲界に入ったのが錦島親方が若松部屋時代に運営していた若松部屋だから先代師匠が責任を取る形で退職するという見方があります、

でも、企業にしたって政府の大臣にしても、ことがおきたときの責任者が責任を取るのが一般的ですよね。

今回の朝乃山問題は一度しらを切りとおした後に問題を認めた悪質なケースなので誰かが責任をとらないといけない。

そこで、若い8代高砂親方に責任を取らせるのは不憫だから、先代師匠が責任をとる、というと聞こえの良い美談に思えてしまいます。

しかし、実はそんな美談ではないことが真相という話が浮上してきました。

その驚くべき事情をご覧ください。

錦島親方自身の問題が退職理由?

報道の多くは弟子の責任を先代師匠の錦島親方がとる引責という見方がしめています。

しかし、錦島親方自身が新型コロナウイルス対策指針に抵触する外食をしていたことが退職の理由として浮上しています。

こちらは、まだ報道元が少なくことの真偽はわかりません。

でも、朝乃山の現在の師匠でもない錦島親方が責任をとることが退職理由よりは自身の問題でお辞めになるほうが腑に落ちます。

仮に外食が退職の理由だったとして、どんな外食をしていたのかわかりませんが、お茶の間の人気者だった元大関朝潮の幕引きとしては寂しい限りですね。

ルールを破ることが良くないのは当たり前ですが、コロナさえなければ。。。

ということが多いので、つくづくコロナ渦は困ったものです。

錦島親方の朝潮時代を知る往年の大相撲ファンも後味の悪いことになってしまいましたが、最後に朝潮こと大ちゃんの歩みを見てすっきりページを閉じてください。

追記21/06/12
残念ながら錦島親方の退職理由は、ご本人の規則違反が原因だったようです。
朝乃山のキャバクラ通いに関しても、不謹慎な発言があったという証言もあって、本来なら解雇が妥当だという厳しい声も聞こえています。

朝乃山はといえば6場所出場停止と6カ月の報酬減額50%の懲戒性分が下され、現師匠の高砂親方(元関脇朝赤龍)も監督責任として3カ月の報酬減額20%がかされました。

結果として錦島親方は処分なしになっていますが、すっきりしない顛末になりました。

錦島親方ってどんな人?歩みは?

若い世代の人は、朝潮や大ちゃんというイメージではなく大横綱 朝青龍の苦労させられた親方というイメージが強いかもしれないですね。

そんな、錦島親方自身は横綱にはなれなかったものの大関まで昇り詰めています。

錦島親方の歩み

【プロフィール】

四股名:朝潮 太郎
本名: 長岡 末弘
愛称:大ちゃん
生年月日:1955年12月9日
出身:高知県
出身大学:近畿大学
強かった選手のおまけで勧誘されたらしいのですが、
2年連続でアマチュア横綱のタイトルを獲得するまでに成長。

【相撲界経歴】

得意技:突き、押し、左四つ、寄り
初土俵:1978年3月場所(幕下付出)
入幕:1978年11月場所
引退: 1989年3月場所
日本相撲協会理事:4期
所属部屋推移:高砂部屋 ⇒ 若松部屋 ⇒ 高砂部屋

【生涯成績】

生涯戦歴:564勝382敗33休(67場所)
幕内戦歴:531勝371敗33休(63場所)
優勝:幕内最高優勝1回
幕下優勝:1回
賞:
殊勲賞10回
敢闘賞3回
技能賞1回

錦島親方ってどんな人

大学は強い選手のおまけで勧誘だったと言いますが2年連続でアマチュア横綱のタイトルを含めて8冠のタイトルを獲得しています。

その実績から入門後は幕下付出のデビューが認められました。

ちなみに幕下付出デビューとは、学生・アマチュア時代に優秀な成績を収めた力士を優遇する制度です。

自分の記憶の中では、恐ろしく強かった北の湖にめっぽう強く、対北の湖戦は、12勝7敗(不戦勝1を除く)という素晴らしい対戦成績を残しています。

どちらかと言うとヒールのイメージが強かった北の湖を負かすということも人気を押し上げる一因になったと思いますが、相撲取りには似つかわしくない「大ちゃん」という可愛らしい愛称で人気者になりました。

その人気は引退後も続き、引退から間もないころはバラエティ番組に多く出演する人気者でした。

それからだんだんとテレビで目にする機会も減っていき、再びメディアに登場することが増えたのは、朝青龍が起こす問題で記者に囲まれて苦労する親方として姿でした。

こう見ると人の一生の流れというのは、なかなか順風満帆というわけには、いかないものですね。

それでも、人気者になり歴史に名を残す大横綱を育てたのですからやっぱりトータルでは順風満帆なのかもしれませんね。

元大関朝潮の錦島親方の退職理由に関するまとめ

錦島親方の突然の退職理由は、先代とは言え朝乃山が角界入門時の師匠であるための引責というのが大方の見方になっています。

しかし、ご自身の新型コロナウイルス対策指針に抵触する外食があったならそれが退職理由というのが妥当ですね。

どちらにしても、後味の悪い相撲人生の幕引きになってしまいましたが錦島親方が相撲界に凄い功績を残したのは間違いありません。

錦島親方、長い間ご苦労様でした。

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